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広島地方裁判所 昭和49年(わ)422号 判決 1975年8月06日

主文

被告人高橋典士を懲役二年に、被告人応野丙雨、同井上節雄、同枝松等を各懲役一年六月にそれぞれ処する。

被告人高橋典士、同応野丙雨に対し、未決勾留日数中各八〇日をそれぞれその刑に算入する。

被告人井上節雄、同枝松等に対し、この裁判確定の日から各三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人応野丙雨の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一、 被告人高橋、同応野、同井上は、共謀のうえ交通事故を偽装して故意に受傷し、保険金を騙取しようと企て、昭和四九年三月一二日午後三時ころ広島市観音本町一丁目二〇番三号先路上において、被告人井上が運転し被告人高橋及び同応野の同乗する普通乗用自動車後部に、被告人枝松をして同人が運転する普通貨物自動車前部を故意に追突させ、右事故により、被告人高橋、同応野、及び同井上がそれぞれ外傷性頸椎症等の傷害を受けたとして、被告人高橋及び同応野は、同市東観音町四番二七号石川病院に、次いで同市南観音町一八番六号前川整形外科医院に、被告人井上は同市旭町二丁目一五番一八号重信整形外科医院にそれぞれ入院したうえ、

一、被告人高橋が、

1. 同年五月一日、広島市昭和町三番一〇号広島昭和郵便局において情を知らない近藤和雄を介して、同郵便局係員柴崎覚に対し、同被告人の受傷が交通事故を偽装しての故意によるものであることを秘し、真実交通事故により受傷し入院治療したように装い、同被告人と郵政省との傷害特約付第二種特別養老保険契約に基づき、入院四九日間分の保険金の支払いを請求し、右柴崎をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において右柴崎をして傷害保険金名下に現金二二万〇、五〇〇円を交付させてこれを騙取し、

2. 同月二二日ころ、同市紙屋町二丁目二番一〇号住友海上火災保険株式会社広島支店において、情を知らない石川病院院長石川八郎を介して、同支店係員秋葉康雄に対し、前同様装い、被告人枝松運転車両の保有者富士産業株式会社と同社との自動車損害賠償責任保険契約に基づき、入院治療費一九日間分の保険金二〇万二、八二〇円の支払いを請求しこれを騙取しようとしたが、右秋葉に同被告人の受傷は故意によるものであることを知られて、その目的を遂げず

3. 同年六月一日、前記広島昭和郵便局において、被告人応野をして、同局係員柴崎覚に対し、前同様装い、前記傷害特約付第二種特別養老保険契約に基づき、入院三〇日間分の傷害保険金一三万五、〇〇〇円の支払いを請求させ、これを騙取しようとしたが、前同様の理由によりその目的を遂げず

4. 同月一八日ころ、前記住友海上火災保険株式会社広島支店において、情を知らない弁護士阿左美信義を介して、同支店係員秋葉康雄に対し、前同様装い、前記自動車損害賠償保険契約に基づき、入院一九日間分の入院雑費、休業補償、慰藉料にかかる保険金一〇万二、三九一円の支払いを請求し、これを騙取しようとしたが、前同様の理由によりその目的を遂げず

5. 同年七月二二日ころ、同市国泰寺町一丁目三番二二号日動火災海上保険株式会社広島支店において、前記近藤和雄を介して、同支店係員石井正治に対し、前同様装い、同被告人と右会社との月掛住宅総合保険(附帯交通事故傷害担保)契約に基づき、入院および通院医療保険金五三万一、〇〇〇円の支払いを請求し、これを騙取しようとしたが、前同様の理由によりその目的を遂げず

二、被告人応野が、

1. 同年四月二五日ころ、同市袋町四番二五号明治生命保険相互会社広島支社において、同支社係員吉羽昭三に対し、前同様装い、同被告人と右会社との災害保証付養老保険契約に基づき、入院四一日間分の保険金一八万四、五〇〇円の支払いを請求し、右吉羽らをしてその旨誤信させ、よつて、同年五月九日、保険金支払名下に一八万四、五〇〇円を広島県安芸郡府中町大須二五三番地の五所在の広島信用金庫府中支店の同被告人の普通預金口座に振込入金させて財産上不法の利益を得

2. 同年六月五日ころ、前記明治生命保険相互会社広島支社において、前同様の方法で前記吉羽昭三を欺罔し、右災害保証付養老保険契約に基づき入院三八日間分の保険金一七万、一、〇〇〇円の支払いを請求し、同人らをして前同様誤信させ、よつて同月一八日、保険金支払名下に一七万一、〇〇〇円を前記広島信用金庫府中支店の同被告人の普通預金口座に振込入金させて財産上不法の利益を得

3. 同年五月二二日ころ、前記住友海上火災保険株式会社広島支店において、情を知らない前記石川八郎を介して、同支店係員秋葉康雄に対し、前同様装い、前記自動車損害賠償責任保険契約に基づき、入院治療費一九日間分の保険金一八万〇、八〇〇円の支払いを請求し、これを騙取しようとしたが、右秋葉に同被告人の受傷が故意によるものであることを知られ、その目的を遂げず

4. 同年六月一八日ころ、前記住友海上火災保険株式会社広島支店において情を知らない前記阿左美信義を介して、前記秋葉康雄に対し、前同様装い、前記自動車損害賠償責任保険契約に基づき入院一九日間分の入院雑費、休業補償費慰藉料の保険金八万九、七五六円の支払いを請求し、これを騙取しようとしたが、前同様の理由によりその目的を遂げず

5. 同年七月八日、同市基町一一番五号三井生命保険相互株式会社広島支社において、同支社係員田中健治に対し、前同様装い、同被告人と右会社との定期付養老保険契約に基づき、入院一〇七日間分の保険金四八万一、五〇〇円の支払いを請求し、これを騙取しようとしたが、前同様の理由によりその目的を遂げず

6. 同月二〇日同市大手町一丁目一一番二号共栄火災海上保険相互会社中国営業部において情を知らない前記近藤和雄を介して同営業部係員岡田晃に対し、前同様装い同被告人と右会社との火災住宅総合保険(附帯受傷)契約に基づき、入院一〇四日間分及び通院一四日間分の保険金八五万円の支払いを請求し、これを騙取しようとしたが、前同様の理由によりその目的を遂げず

7. 同月二二日、前記明治生命保険会社広島支社において、前記吉羽昭三に対し、前同様装い、前記災害保険付養老保険契約に基づき入院二八日間分の保険金一二万六、〇〇〇円の支払いを請求し、これを騙取しようとしたが、前同様の理由によりその目的を遂げず

三、被告人井上が、

1. 同年四月二二日ころ、同市光南一丁目六番八号広島光南郵便局において同郵便局係員古河和男に対し、前同様装い同被告人と郵政省との郵政省傷害特約付第二種特別養老保険契約に基づき、入院三八日間分の保険金一七万一、〇〇〇円の支払いを請求し、これを騙取しようとしたが、前同様の理由によりその目的を遂げず

2. 同年七月一〇日、前記住友海上火災保険株式会社広島支店において、情を知らない株式会社広島タクシー代表取締役小野正夫を介して前記秋葉康雄に対し、前同様装い、前記自動車損害賠償責任保険契約に基づき、同被告人の入院治療費の保険金四〇万〇、六八〇円の支払いを請求し、これを騙取しようとしたが、前同様の理由によりその目的を遂げず

第二、被告人枝松は、

一、被告人高橋、同応野、同井上が交通事故を偽装して、前記第一記載の各犯行をすることの情を知りながら、同被告人らの依頼により同冒頭記載の日時場所において普通貨物自動車を運転して、被告人井上が運転し同高橋及び同応野の同乗する普通乗用自動車後部に自車前部を故意に追突させ、もつて被告人高橋、同応野、同井上の前記各犯行を容易ならしめてこれを幇助し、

二、自動車運転の業務に従事しているものであるところ、昭和四九年五月二三日午前八時一五分ころ、普通乗用自動車(広島五ぬ四九五八号)を運転して広島市荒神町一丁目六番地先の交通整理の行なわれている荒神橋西詰交差点を時速約四〇キロメートルで同市八丁堀方面から同市愛宕町方面に向い直進するに際し、同交差点の直前で対面信号が黄信号を表示しているのに気付いたため、やむなく同交差点内に進入したのであるが、同交差点の出口に設けられた横断歩道左端の歩道上にはこれを横断しようとする数名の歩行者が佇立しており、これら歩行者は自車が右横断歩道を通過する前に右横断歩道の信号が青色に変わることにより即時横断を開始することが予測されるのであるから、このような場合には直ちにその手前で停止しうる程度に減速徐行して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、交差点内の交通の妨害とならぬため急いで同交差点を通り抜けようとして慢然前記速度で進行を継続した過失により、右横断歩道上を青信号に従つて左から右に向かい横断歩行中の石原一夫(当時六三年)を約一四・五メートル前方に認め、急制動の措置を講じたが及ばず、自車左前部を同人に衝突させて同人を路上に転倒させよつて同人に対し、全治約三ケ月間を要する左側胸部打撲、右大腿部打撲等の傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(判示第一、第二の一の詐欺罪に関する争点に対する判断)

一、偽装事故につき被告人応野の共謀を認めた理由

被告人応野の弁護人は、被告人応野が、被告人高橋らと保険金目当ての、交通事故を偽装しようと共謀した事実はない旨主張し、被告人応野も捜査段階より終始一貫して右共謀の事実を否認しているので以下この点につき詳細に検討をする。

1. 偽装事故の遂行を全面的に自供している高橋ら相被告人三名のうち、まず、被告人高橋は、第三、第四、第一二回公判において、交通事故を偽装するに至つた経緯に関し、次のとおり供述している。

(一) 被告人高橋は同応野同井上とそれぞれ同じタクシー運転手として、かねてより親密な付合いがあり、また同枝松とは、昭和四八年八月ころ、当時入院中の井上を見舞いに行くうち顔見知りとなつた。昭和四九年三月初ころ、交通事故を偽装して保険金を騙し取ろうと計画し、当時広島タクシーに勤めていた井上に右計画を持ちかけその応諾を得て話合いを重ねると共に、その頃富士産業株式会社の配達係として勤務し会社の車を運転して配達先を廻ることの多かつた枝松に対し、報酬金三〇万円を出すから故意に追突してくれるよう依頼し、その承諾を得た。一方、被告人応野に対しても枝松に対する報酬金を出捐させることを兼ねて右計画を打明け、仲間に入るよう勧誘し、当初躊躇していた応野も結局はこれを応諾し、二五万円を負担する旨約した。

(二) 同年三月一一日の昼ころ、被告人応野から、二五万円を受取り、既に井上から受領済の五万円を加えて三〇万円とし、直ちに枝松と会つて、これを手渡すと共に、その際翌三月一二日の午前一〇時半ころ、広島市横川町一丁目キヤバレー「ホノルル」付近路上で井上運転の広島タクシーに枝松が会社の車を追突させる旨打ち合わせ、同日中に井上、応野にもその旨連絡をすませ応野から同人が翌日朝、同市三篠町広島トヨペツトに車検手続に行く予定であることを知らされた。

(三) 翌三月一二日午前九時過ぎ、迎えに来た井上運転のタクシーで自宅から前記広島トヨペツトに赴き、既に車検手続を済ませていた応野を同乗させ、前記「ホノルル」付近に至り打合わせ通り、会社の車を運転して来た枝松と合流したが、同人が森永清を助手として同乗させていたため、計画を遂行しえず、同市中広町の喫茶店「モア」に四名が入り、高橋と枝松が相談のうえ計画を午後に延期しあくまで決行することになつた。そこで応野、井上に対し、午後二時ころ、同市昭和町の喫茶店「フアニー」で待ち合わせるよう告げ同所から井上運転のタクシーに同乗し、枝松が同市富士見町で降りた後昭和町で降車し、井上、応野と別れ、一旦帰宅した。

(四) 同日午後二時三〇分ころまず枝松と同市昭和町の喫茶店「マキ」で落ち合い、同人と合流場所を打合わせた後前記喫茶店「フアニー」に行き待ち受けていた応野、井上と共に井上運転のタクシーに乗り、同市観音町付近で会社の車を運転して来ていた枝松と合流、まもなく判示の通り故意に追突事故を起こすに至つた。

以上のとおり供述している。

次に、第六回公判における被告人井上の供述および第八回公判における被告人枝松の供述をみるに大要前記高橋の供述と一致しており、そのうち応野の現場共動に関し、井上は三月一二日の午前中、高橋の指示でタクシーを運転し、前記広島トヨペツト付近まで赴き、同所で応野を乗せたことは間違いなく、その際初めて応野が加わつていることを知り、その後、前記「ホノルル」付近まで行つたが前記の事情で計画が延期になつたのでタクシーに他の者を乗せ、枝松、高橋をそれぞれ降ろした後応野を同市江波町沢崎産婦人科病院前まで送つていつた旨供述し、また枝松は、前同日午前中前記「ホノルル」付近で高橋らと落ち合つた際、高橋、井上の他にもう一人男が一緒に居て当時名前は知らなかつたが、その男が応野であつたことは間違いない旨供述しいずれも応野が本件犯行に加功していた事実を裏付けるものである。

以上三名の供述は細部において若干のくいちがいはあるものの大筋において一致し目立つた矛盾はなく内容も自然で、ことさら応野に罪を被せる目的で虚偽の供述をしているような節はなく、そもそも応野が加功していたか否かが他の被告人の刑責にさして影響を与えない本件事案においては、三名が一致して虚偽の供述をするべき動機が見出せない。かえつて高橋においては、首謀者としての責任を感じてか、他の被告人の罪責に関しては、供述を逡巡するごとき態度すら散見される。また一部供述のくいちがいあるいはあいまいさは、日時が経過して本件犯行が発覚したため記憶が不鮮明であることに起因するものと思料される。

以上の次第で相被告人三名の前掲各供述は信憑性の高いものであると判断する。

2. これに反し、被告人応野は本件犯行を否認し、種々弁解している。

まず、三月一二日の午前中の行動に関し、友人の近藤和雄と、定期預金証書紛失の件で同人のため銀行に対し保証人になる約束がありそれ故午前一〇時ころ前記広島トヨペツトを出て、同市江波二丁目の近藤和雄方へ直行、午前一一時前ころからは同人と共に銀行に赴くなどして、昼ころまで行動を共にしていたとの供述についてみる。前掲相被告人三名の各供述と山下盛人の司法警察員に対する供述調書中の井上運転の広島タクシーの運転日報およびタコグラフに関する供述記載とを照合して合理的に解釈すると応野が前記広島トヨペツトで井上運転のタクシーに乗車したのが午前一〇時ころ、「ホノルル」付近で枝松と合流したのが午前一〇時三〇分ころ喫茶店「モア」には三〇分位居て午前一一時に同所を出発、前記沢崎産婦人科病院の前で応野が降りたのが午前一一時二五分ころということになる。すると近藤方が同所より徒歩で五分であるから(被告人応野の第一三回公判における供述)応野が近藤方に着いたのが一一時三〇分ころでなければならないが、第九回公判調書中の証人近藤和雄の供述部分によれば同人は応野が同人宅を訪れたのが午前一一時ころであると断言している。しかし、同人の司法警察員(昭和四九年八月五日付)に対する供述調書中には応野が午前一一時半ころ訪れたとの矛盾供述が存し、両者を対比検討するとき、近藤証人が応野来訪時間の点に関し、公判において事件と近接した時期においてした供述と異なる供述をことさら断定的に供述している点にかえつて不自然さが窺えるのであつて、応野が午前一一時に訪れたとする近藤証言は証明力に乏しく採用し難い。三月一二日の午前中応野も行動を共にしていたことは相被告人三名の一致して供述するところであり、また応野は捜査開始当初午前中の行動について前記広島トヨペツトの付近でパチンコ店に入つたり食事をしたりしていたと供述していたがその後供述を翻して前記供述をするに至つていることなどを考慮すると、応野の前記供述はこれを信用するに値しない。

また当日午後二時過ぎ、前記喫茶店「フアニー」で高橋、井上と落合い、井上運転のタクシーに同乗して事故現場に至つた理由については、午前中前記広島トヨペツトに居たとき、高橋から電話がかかり、五万円なお足りないのでその分ある人から借りるにつき保証人になつてほしい、ついては午後一時ころ前記喫茶店「フアニー」に来てほしいとの依頼を受けたからだと供述している。

しかし、高橋は応野の出した二五万円に井上の五万円を加えて三〇万円にして前日既に枝松に渡しているのであるからさらに五万円を借りる必要がなかつたばかりか計画通り事が運べば午前中に事故を起こして病院に入院するつもりであつたのだから高橋において、そのような依頼をするはずがないし仮に高橋がそのようにして、応野を事故現場まで誘い出したとするならば、騙し打ちにかけたことになるが、高橋には、そうまでして、応野を犯行に引きずり込むべき合理的な理由がない。

3. 以上要するに、応野が共謀に加わつていた事実を裏付ける高橋ら相被告人三名の供述はいずれも信憑性が高くこれと牴触する被告人応野の供述はたやすく措信し難くその他弁護人提出の反証を検討するも上記認定と異なる心証を惹起するに至らないから被告人応野に関する前記弁護人の主張は採用できない。

二、被告人高橋、応野、井上の三名につき、詐欺罪の共謀共同正犯を認定した理由。

被告人高橋の弁護人は被告人らが共同して実行した交通事故の偽装は保険金騙取の準備所為に止まり、本来の実行行為たる保険金請求については、各自がそれぞれ自己が加入している保険金の給付を受けることを暗黙裡に了解していたのみで、他の被告人の保険金請求行為については相互の利用関係は勿論、保険加入の状況に対する具体的認識すらなかつたのであるから、共謀共同正犯の要件を欠き、各自実行行為をなした分につきそれぞれ単独犯として問擬されるべき旨主張する。

よつて関係各証拠を検討するに本件交通事故を偽装しての保険金騙取計画は高橋が発案し、応野、井上に対し、追突事故の被害者となつて受傷入院し、保険金の給付を受けることを順次個別的に勧誘したところ、二人共これを応諾したこと、追突者に支払う報酬金のうち応野が二五万円、井上が五万円を各出捐し、高橋がこれを枝松に渡して追突を依頼し承諾を得て、交通事故偽装を遂行したことは勿論、事故後においても高橋と応野は終始病院を共にし、保険金請求に当つてはしばしば互いに協力し合い、井上においては、高橋らとは病院を別にしたが、保険金請求に当つては高橋と電話で相談するなどの事実すら認められるのである。

以上の事実関係によると、高橋、応野、井上の三名は保険金騙取という共通の目的のもとに偽装交通事故を共同して実行し各人がそれぞれ自己の加入していた保険契約などに基く保険金を騙取しまたは騙取しようとしたのであるが、一たん交通事故の偽装に成功すれば、その後は単に保険金請求の事務的手続のみで容易に保険金を入手しうるのであり、交通事故の偽装は保険金騙取のための欺罔手段を作出する予備行為とはいえ、むしろ犯罪実行のための重要かつ不可缺の前提となるものであつて、この意味において両者は密接不可分の牽連関係にあり、右両者に関与した被告人高橋、同応野、同井上の前記所為を全体的に観察するならば、右三名間にあつては偽装交通事故により自己の保険金を騙取する一方で、それぞれ他の共犯者をして各人の保険金を騙取させるという共同の意思のもとに一体となつてその犯罪意図の実現を企図したものと認むべきであるから、相互の利用関係がなかつたとも断じ難く、従つて保険金の請求手続が各自各別になされていても共謀共同正犯における共謀の要件を充足すると解するのを相当とする。被告人三名が保険金請求手続についても相互に連絡、協力関係を保持していたことは右三名間の一体性を確めるに足りるものであるし、各人が他の共犯者の保険契約加入状況につき具体的認識を欠いでも上記認定を左右しうるものではない。従つてこの点の被告人高橋の弁護人の主張もまた採用することができない。

三、被告人枝松につき、詐欺罪の従犯と認定した理由

被告人枝松の詐欺罪の訴因は、共謀による共同正犯であるが弁護人は、被告人枝松は被告人高橋から報酬金三〇万円を貰つて偽装交通事故の加害者の役割を演じたもので右は予備行為に加担したにすぎず、保険金騙取について謀議したこともなくまた保険金受給行為には一切関与していないから幇助犯に止まると主張する。

よつて関係各証拠を検討すると、被告人枝松と高橋とは、一応の面識はあつたが全んど付合いはなく、それを見込んで高橋が、被告人枝松を加害車両の運転手として勧誘し、その結果枝松が三〇万円の報酬金支払を条件にこれを承諾したこと枝松は右三〇万円を本件偽装事故の前日である昭和四九年三月一一日昼ころに受取り、翌三月一二日被告人高橋の指図に従つて偽装事故を遂行したこと、井上、応野とは同日午前中当初の計画に従つて前記「ホノルル」付近に集合した際初めて顔を合わせたにすぎないこと、事故後は、高橋らの保険金受給の実行行為に助力したことは全くないのみならず、会社の使いとして一度高橋、応野と会つた以外は、顔を合わせることさえなかつたこと等の事実を認めることができる。

以上の事実関係によると、被告人枝松は本件偽装事故が高橋らの保険金騙取計画の一環であることを容易に察知しえたであろうと認められ、それが右犯罪計画の重要かつ不可缺な前提となること前説示のとおりであるが、枝松は右偽装事故の作出に加害者の立場で共同加担したものの、他の共犯者とは異なり当初から保険金騙取の意図はなく、その後の保険金受給の実行々為には全く関与せず、共犯関係から完全に離脱しているうえ、事前に報酬金として受取つた三〇万円は高橋らが保険金受給に成功していたなら得たであろう利得に比して著しく低額であつてその利得の分配とまで認め難いことなどを考慮すれば、未だ他の共犯者と一体となつて保険金騙取の犯罪意図を実現しようとしたものとみるのは困難で、むしろ他の共犯者の右犯行を容易ならしめた幇助犯に止まると解するのが相当である。

(法令の適用)

被告人高橋、同応野、同井上三名の判示第一の一の1の所為は刑法六〇条、二四六条一項に、判示第一の二の1及び2の各所為はいずれも同法六〇条、二四六条二項に、判示第一の一の2ないし5、同二の3ないし7、同三の1及び2の各所為はいずれも同法六〇条、二五〇条、二四六条一項にそれぞれ該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重い判示第一の一の1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人高橋を懲役二年に、同応野、同井上を各懲役一年六月に処し、被告人高橋、同応野に対しては同法二一条を適用して未決勾留日数中各八〇日をそれぞれの刑に算入することとし、被告人井上に対しては同法二五条一項を適用し、三年間右刑の執行を猶予することとする。

つぎに、被告人枝松の判示第二の一のうち判示第一の一の1の犯行を幇助した所為は刑法六二条一項、二四六条一項に、判示第一の二の1及び2の各犯行を幇助した所為は同法六二条一項、二四六条二項に、判示第一の一の2ないし5、同二の3ないし7、同三の1及び2の各犯行を幇助した所為は、同法六二条一項、二五〇条、二四六条一項に、判示第二の二の所為は同法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するので、判示第二の二の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、右判示第二の一の各罪は従犯であるから、刑法六三条、六八条三号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人枝松を懲役一年六月に処し、同法二五条一項を適用して三年間右刑の執行を猶予することとする。

なお、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人応野に負担させることとする。

(量刑の事情)

一、被告人高橋は、タクシー運転手であつたが勤労意欲に乏しく、かねてより、タクシー運転手仲間で交通事故は儲かるとの風評を耳にし本件犯行を計画立案し、被告人井上、応野を順次勧誘して仲間に引き込み、また被告人枝松に追突を依頼するなどしたうえ、かれらを指図してあくまで偽装事故を決行し、保険金受給においては、大半は未遂に終つたものの、本件犯行の首謀者としてその刑責は最も重い。

被告人応野は当初は逡巡していたものの結局は高橋の誘いに乗つて犯行に加担し、枝松に対する報酬金の大半を負担する一方、保険金受給においては最も多額の利得を得たほか、本件逮捕に至るまで保険会社などに対し執拗かつ大胆な保険金請求を繰り返し、あくまで自らの利得の追求を計るなどの点において刑責、高橋につぐものといわざるを得ない。

被告人井上は、安易に高橋に追従して犯行に加担し、被害車両の運転を担当するなど重要な役割を果たし、保険金受給においては、請求回数も少なく、いずれも未遂に終つているとはいえ、事前に新たに保険加入するなどの点において犯情悪質である。

被告人枝松は詐欺罪については従犯に止まるとはいえ勤務先の営業車を犯行に供用し、会社にまで損害を及ぼすなど罪責軽視し難いうえ、その後判示第二の二のとおり交差点を進行するに際し、青信号に従い横断歩道を横断中の歩行者に傷害を与えるという交通事故を犯すに至つているなど、やはり犯情悪質と認められる。

以上のような被告人らの犯情にあわせて、本件の如き交通事故を偽装した保険金騙取は巧妙に行なわれた場合には、発覚する蓋然性が低いことなどから模倣性が強いと考えられるので、一般予防の見地からもこの際厳重処罰の要がある。

二、他方、本件では大半が未遂に終り、実害が少なく、かえつて高橋、井上、応野においては多額の入院治療費を負い込むはめになり犯罪が引き合わぬものであることを身をもつて知つたであろうことのほか、高橋においては保釈後、タクシー運転手として復帰し、真面目に稼働していることが窺え、既に自己の受給分の被害弁償を済ませ、前川整形外科病院の入院治療費の弁済についても裁判上の和解が成立したこと、井上においては保釈後ビル清掃夫として稼働しながら入院先や当時の勤務先への弁償を済ませ、枝松も高橋から受取つた三〇万円は両親の出捐により返済し、判示第二の二の被害者については二〇万円の見舞金を支払うなどして示談が成立していることなどの点はそれぞれ被告人らのため斟酌すべき事情と認められる。

三、以上の判示第一、第二の一の犯行態様、各人の役割、利得額、犯罪後の情況と社会的影響その他諸般の事情、被告人枝松については更に併合処断した判示第二の二の犯行態様などを綜合勘案した結果、被告人高橋、応野については実刑を以てその刑責を償わせ、被告人井上、枝松についてはその刑責を明確にしたうえで刑の執行を猶予するのを相当と認め、被告人間の処遇の均衡をも合せ考慮して主文のとおり量定した。

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